むぎ(@mugiburogu)です。
パニック障害と診断され早3か月。とても濃い3か月でした。
今の自分のご報告とともに、「病気になった」ことに対して今思っていることを記しておきたいと思います。
わたしはパニック障害という病気をして、初めて
ちゃんと自分のために生きたい、生きよう
と心の底から思いました。

パニック障害について思うこと。
パニック障害は死ぬ病気ではありません。ましてや、不治の病でもありません。
でも、「死ぬかもしれない」「治らないかもしれない」「ずっとこのまましんどいんだ」と思わせてくる病気です。
正直日常生活を送るのはしんどく、苦しく、ついすぐ弱気になってしまいます。
BUMP OF CHICKENの「HAPPY」の歌詞冒頭にある
「健康な体があればいい 大人になって願うこと 心は強くならないまま 耐えきれない夜が多くなった」
が、痛いくらい身に沁みました。傷口に消毒液かけたみたいに。
でもわたしは、同時に「いつか絶対打ち勝つことができる」とふと思ったんです。ほんと感覚レベルですけど、確実にそう感じた瞬間がありました。
もうわたしは大丈夫、と思いました。
2度目の大きいパニック発作を最近引き起こしてしまいました。
前より落ち込みも深くなく、不安や恐怖を感じても落ち着くことができています。
感じた大丈夫、が「勘違い」や「気の迷い」にならないように丁寧に温めながら生きていこうと思いました。
病気になってよかったと思う。
大きかれ、小さかれ、病気をするのはしんどいです。体も蝕まれていくし、心もズタボロにしてきます。
それでも、病気に何か価値を見出そうと思いました。
だってこのままだとしんどいだけだもん。それは絶対に嫌。
病気になってよかったなと思うことは
- 本当に大切な人・モノがなにか分かった。
- 一度立ち止まって、将来のことを考えることができた。
- 自分のコントロールの仕方を知ることができた。
です。
初めは病気になることに対して無理やり価値を出そうとしてました。だけど、案外、わたしにとってはいろいろ考えを改めさせてくれるイイヤツだったのかもしれません。
本当に大切な人・モノがなにか分かった。
もちろん大学には行きたかった。だけど行って無理をすれば日常生活が送れなくなるんです。そうなって初めて、「大学行かなくていいや」と思えました。そう思えたから、行けてます。何とも不思議なお話ですが。
正直、親よりも彼氏の方が大切です。親不孝と言われようが、大変な時に気を遣わずに側にいてくれサポートしてくれる人を大切にしたい。最悪、「親に縁を切られてもいいや」と思えました。だから親に何言われようが知ったこっちゃないです。
人間究極に追い込まれると、本当に大切にしたいものしか大切にできないみたいです。
こんな時に優しく声をかけて助けてくれる人は絶対大切にしようと思いました。こんな時だから必要なモノ・事柄はこれからも大切にしようと思いました。
あと、結局何においても大切にすべきは自分だと心に決めました。
一度立ち止まって、将来のことを考えることができた。
学校の先生になると思っていました。そして2、3年働いて結婚して30歳までに子ども産んで、また働こうという人生設計を立てていました。
今それらはいったん崩れ去り、お先真っ暗です。
でもそのおかげで。またもう一度まっさらな状態から組み立てることができるのです。どう生きてもいいんです。自由です。
自ら課していたすべての重荷が、すべての安定とともに飛んでいきました。
でもそれでよかった―と思います。自分の可能性を感じました。
自分のコントロールの仕方を知ることができた。
超ネガティブ思考で、落ち込んだらとことん。自分でどう這い上がったらいいかわからず、彼氏にすがり引き上げてもらっていました。今までは。
今は、どうしたらそこまで落ちないのかも感覚で分かってきたし、落ちても自分で上がってこられるところまで来たし、もし無理でも助けを借りることも覚えた。
何かわからない黒いものに支配されないように、上手に逃げたり戦ったり、コントロールすればいいと理解できて実践できたのは、病気になったからでした。
病気受容なんて。
今までの自分はたぶん、小さく死にました。
病気受容をどうしていくかなんて、病気にならないと考える気にすらなりませんよね。
たまたまそれ自体で死ぬことはない病気であったから、受け止めることができていると言われればそうなのかもしれません。
でも、パニック障害になってなかったら、
「もし命の危険性がある病気になったらどうするか」「明日死ぬとしたら今日何しよう」「死ぬって何だろう」「生きるって何だろう」
に対して、実感をもって思考をめぐらすことはなかったと思います。できたとしても、それは空想の物語にしかなってなかったと思います。
上の4つの疑問たちは、自分なりの答えが見つけることができたら人生を潤すモノたちになってくれると信じています。
どんだけ絶望しても、生きなければならないんです。これは社会の不条理だと感じました。
たとえ治らない死に向かうだけの病気をしたとしても、その条理に抗うことなく命を全うするまで生きていこうと決めました。
これがわたしの病気受容です。
「あーもういや!」って思ってもいいんです。
「いっそのこと意識を飛ばしてしまいたい」と思ってしまってもいいです。
そう思ってしまった自分のことは許して、許して、許して、「まぁ前に進めたらいいかな」と思えたら十分です。
自戒も込めて。
☆追記(2018.11.27)☆
先日、久しぶりに会った人にパニック障害であることを言うとすんなり受け止めてもらえました。年配の方ですが、自分のお父さんも社会不安障害で…という話をしてくれました。
何度も「ごめんね、そうは見えなくて」「父も全然外からはそう見えない人で」「でもそんなこともあるよね」「がんばってるもんね」と言ってくれました。ちょっと泣きました。
今までがあってその頃の私を知ってくれているからこそ、有難かったです。
パニック障害だと言うことは悪いことではないと、心から思いました。
読んでいただきいただきありがとうございました。

